続報:セントサイモンの真の父系
海外の情報によれば、St. Simonの父系に齟齬が発生した地点として、DelpiniとDelightという2頭のヘロド系種牡馬が急浮上しているらしい。
Delpini
Whitelockの父はHambletonianとして記録されているが、Whitelockの母RosalindにDelpiniも同時に種付けされた疑惑がある。
Delpiniの父はHighflyer
Delight
当時の噂として、Galopinの父はDelightというものが存在。
Delightは、ダービーに勝った失敗種牡馬Ellington(父The Flying Dutchman)の産駒にあたり、Woodpecker-Sultan系に属している。
どちらが正しいかを確定する方法は2つあり、
1つはHighflyer系とWoodpecker系のY染色体を詳細に比較する。
もう1つが、Galopinを経由しないWhitelock系であるSpeculum系の馬を、ブラジルやクォーターホースから何とかして探し出して(見つからなければ墓を暴いて)、Y染色体ハプロタイプを比較する。
などの方法があります。
※追記:2019年に更に解析範囲を146万塩基対から、646万塩基対に広げて実施された模様
これにより更にEchipseのハプロタイプが確定するなどより詳細に系統樹が描けるようになりましたが、この調査でもHighflyer系やWoodpecker系固有の突然変異を見出すことができなかったようで、どちらの説が正しいか明らかには出来ませんでした。
なお、この論文の著者は「Galopinの父Delight説」を採用しているようです。
後でまとめます。
Peter Mccueの系統について
去年バイアリーターク系のY染色体系統樹のところで、Peter Mccueについて触れましたが、以前こちらではダイオメド系となっていたのに、いつの間にかマッチェム系に訂正されていました。
何か新情報があったのでしょうか?
それとも複数説があった中で、Y染色体の解析結果からこちらの説が有力になってきたという事でしょうか。
分かりませんが、これで系図とY染色体ハプロタイプの矛盾が少なくなり説明しやすくなったものと思われます。なによりゴドルフィンアラビアン系の初期父系における系図の誤りを想定しなくてよくなった点が大きいです。
ゴドルフィンアラビアン(Tb又はTb-g1)とエクリプス(Tb-d又はTb-dW)が不明ですが、バイアリーターク(Tb)、ダーレーアラビアン(Tb-d)、ヘロド(Tb)、マッチェム(Tb-g1)についてはほぼ間違いないのではないと思います。
改めてまとめると以下のようになっているようです。
Tb始祖(アハルテケ)おおよそ400年前?
|Tbバイアリーターク
||Tbヘロド
|||Tbハイフライヤー
| ||Tbセントサイモン?
| | |Tb-kラストオレンジ(セルフランセ主流血統)
| |Tb-rラムゼス(ホルシュタイン)
|Tb-dダーレーアラビアン
||Tb-dMマンブリノ(スタンダードブレッド主流血統)
||Tb-d?エクリプス
|||Tb-dWホエールボーン(サラブレッド主流血統)
||Tb-dヤングマースク
|Tb or Tb-g1ゴドルフィンアラビアン
||Tb-g1マッチェム
| |Tb-g1ピーターマッキュー(クォーターホース)
| |Tb-g2コムス
ダーレーアラビアン系のY染色体系統樹
長く放置していましたが久々の更新。
参照元はこちら(論文本文ではなく、付録情報から引っ張ってきています)
Wallner, B., et al.(2017) "Y Chromosome Uncovers the Recent Oriental Origin of Modern Stallions." Current Biology 27, 1–7.(1年後オープンアクセス)
一部私の推定に基づいていますが、大枠では正しいはずです。
Darley Arabian自身はTb-d。これはByerley TurkのTbと極めて近く(子系統になる)、300~450年前に生きていたアハルテケに遡る可能性が高いようです。三大始祖はいずれもアハルテケか、少なくともトルコ系の馬に関連していたことになります。
Darley Arabianの主要な子孫では、トロッターやサドルブレッドに残るFlying Childers系がTb-dM、サラブレッドのWhalebone系はTb-dW。これらはいずれも1塩基突然変異で、取り違えは無かったものと思われます。Whalebone系内や、ヘロド系の正確性を見るに、サラブレッドの父系は意外にも正しいと言えるでしょう。
ハクニーのFlying Childers系は、Whalebone系やアラブやアハルテケに見られるハプロタイプTとなっており、関係のないところから混入した様です。
残念なことに、サラブレッドにも残るKing Fergus=St. Simon系は、Byerley Turk系と同じTb(一部はTbから更にTb-kに変異)となっています。おそらくByerley Turk系(他の始祖の可能性もあるが)がどこかの世代で入ってしまったと考えられます。
仮にKing Fergus~Whitelock辺りでヘロド系が入ったとすると、当時はHighflyer系が強かったはずで、HerodやHighflyer、St. Simonを出したにもかかわらずこの父系は衰退したことになり、相当な運の悪さです。間の悪いことに、英国ヘロド系に止めを刺したのが当のSt. Simonでした。そして、その父系もわずかな期間で自壊。。。
ゴドルフィンアラビアン系のY染色体系統樹
ゴドルフィンアラビアン系の解析結果の転載です。
7頭しか解析されていません(いずれも非サラブレッド)。
解析された馬たちの共通祖先にあたるComus 1809がTb-g2であり、それ以降の子孫に受け継がれたわけです。
Protector系のうち、ハノーファーになった馬たちもTb-g2あるいはそのサブタイプのTb-g3ですが、一部(2例。何れもFerdinand 1941(Feiner Kerl分枝)の子孫)にTb-dW(Eclipse系分枝Whalebone系)の混入が見られます。
Comus以外の子孫について解析されていないため、Godolphin Arabian 1724やMatchem 1748のハプロタイプは不明です。
一応、取り違えなどが無ければTb-g1又はTb(Byerley Turk系と同じ)であったと思われます。そこから代を経て、Tb-g1、そしてTb-g2などのサブタイプが生まれて行ったという説明ができるでしょう。
Tb-g1自体がTbのサブタイプなので、Godolphin Arabian自身も、Byerley Turkと同じくアハルテケの血を引いていたことになり、サラブレッドの祖先としてのアハルテケの影響は、従来考えられていたよりはるかに大きいと言えるでしょう。
Godolphin Arabianの墓は残っており、またMatchem産駒はComusに繋がるConductor 1767以外にも、トロッターになったMagnum Bonum 1773の子孫が残っているので、これらを解析すれば判明するんじゃないでしょうか(誰がやるんだw)。
なお、サラブレッドに残るMan o'War 1917系について解析されておらず、少し不安が残る結果となっています。
(以下個人的な意見)
それ以外に個人的な疑惑として、Florizel-Lexington系のクォーターホースにTb-g1が検出されているのが少々気になっています。Tb-g1はTb-g2の親タイプです。また、Tb-g1の親タイプはTb(Byerley Turkやアハルテケ)となります。
Comus(Tb-g2)を経ないGodolphin Arabian系(Tb-g1?)がクォーターホースに間違えて入ってしまったと考えたほうが自然ですが、データ上は逆の説明もできてしまう。つまり、Comusは実際にはFlorizel系・・・。クォーターホースの初期血統の管理のずさんさを考えればFlorizelがTb-g1であった可能性は低いと思いますが・・・
(追記)
Florizel-Lexington系のクォーターホースの件ですが、この系統はそもそも血統書からして複数の説があったようで、実はゴドルフィンアラビアン傍系(Matchem-Alfred-Tickle Toby)だそうです、取り違えの可能性はかなり低くなりました。
古い時代の場合、父名にも複数の説があり解析に困る場合がありますが、逆にY染色体で推定できる場合もあり、解析も無駄ではないと思います。
バイアリーターク系のY染色体系統樹
(カレントバイオロジーの論文の図を一部改造して転用)
基本的なY染色体ハプロタイプはTb。系統の祖であるヘロドはTbで確定です。
アハルテケの主要タイプもTbなので、変な取り違えが無ければバイアリータークもTbであったことでしょう。
サラブレッドとしては既に滅んだハイフライヤー系も、6系統7サンプル全てTbとなっています。
それ以外は、ルサンシー周辺と、フロリゼル=ダイオメド系のクォーターホースになった馬たちでTb以外のハプロタイプが見られます。
このうち、ルサンシーのひ孫であるRamzesの子孫については突然変異で説明が可能です。
クォーターホースの方は少々複雑な構成になっており、Old Sorrelの子孫はホエールボーン(Tb-dW)やセントサイモン(Tb)を経ないダーレーアラビアン傍系のハプロタイプ(現在ではヤングマースク子孫の乗用種に残るのみ)、Sheikの子孫ではコムスを経ないゴドルフィンアラビアン傍系(この調査では他に1例も検出無し)のハプロタイプとなっており、取り違えが少なくとも2度起こっていることが分かります。
フロリゼル~ピーターマッキューの間は存続している系統が少なく、どこでどう取り違えたのか分かりません。解決にはレキシントンの遺体を発掘調査するなどと言った手段が必要でしょうね。
(追記)
クォーターホースのヘロド系ですが、マッチェム系(Matchem-Alfred-Tickle Tobyの系統)説もあるようで、これで説明が付きそうです。
ということはヘロド系は調べられた範囲内では取り違えは一切なかったことになります。ただ、フロリゼル=ダイオメド系は既に完全に消滅していることに。
サラブレッド及び関連馬種の父系系統樹
カレントバイオロジーの論文を参考に、作図してわかりやすくしてみました。(余計わかりにくくなってる気も)
○黒い線は突然変異
○イタリックで示した馬は父系に誤りがある馬
丸が隣接しているところは、この調査では区別が付かず、入れ替わっていても判断が付かないところです。
セントサイモン系は、ダーレーアラビアンのTb-dではなく、アハルテケのTbを持ちますが、これが未知の種牡馬から来ているのか、バイアリータークから来ているのか、この図では分かりません。
ただし、エクリプスはTb-d又はTb-dWであることが分かっているので、それ以降の入れ替わりであることは確定的で、時代的にはヘロド系隆盛の時代となります。オルコックアラビアン起源の可能性もわずかに残りますが。
サラブレッドではその他の誤りは見つかっていないようですが、非サラブレッドですと、クォーターホースに残るダイオメド系2系統がそれぞれダーレーアラビアン系とゴドルフィンアラビアン系のハプロタイプになっていること、ハノーファーのマッチェム系の一部(Ferdinand)がダーレーアラビアン系のハプロタイプになっていること、フライングチルダース系のうち、マンブリノを経由せず、Old Shalesからハクニーになったグループに、ホエールボーンとハプロタイプTと呼ばれる別の父系の混入が見られます(Old Shalesの父は元々フライングチルダース系のブレイズではないという説もあり、この辺は混乱しています)。
追記
Y染色体の変異速度から、三大始祖をさらに遡った、仮想される共通始祖についても言及されています。16世紀後半~17世紀に生きていた1頭のアハルテケに行きつく可能性が高いそうです。
三大始祖とY染色体
サラブレッドの父系に更なる科学のメスが入ってしまいましたね。
速報的に雑感を(後で詳しくまとめます)
①三大始祖は、何れもトルコ系のY染色体を持ち、その中でも三頭ともごくごく近い関係にあるらしい。このタイプはアハルテケにとても多く、アラブ馬とは少し距離がある。
②バイアリータークはTb、ダーレーアラビアンはTb-d、ゴドルフィンアラビアンはTb-gというハプロタイプのY染色体を持っていたと考えられる。なおTbはアハルテケの主要なハプロタイプで、Tb-dやTb-gはそのサブタイプである。
③ゴドルフィンアラビアン系Tb-gとバイアリーターク系Tbは、少なくとも19世紀以降、ダーレーアラビアン系Tb-dについては18世紀以降、一部(④で後述)を除いて入れ替わったりしていない模様。牝系がメタクソだったのでもっと酷いかと思っていたが一安心。
④セントサイモン系Tbは、ダーレーアラビアン系Tb-dではない。未知の第四始祖の可能性もあるが、時期的に三大始祖以外の父系が生き残っていた可能性は低く、キングファーガスの父がヘロドTb、ハンブルトニアンの父がハイフライヤーTbとかその辺の入れ替わりだろう。当時マイナー種牡馬だったWhitelock辺りもかなり怪しい。
⑤(現在クォーターホースに残る)Peter McCue系(血統書上はフロリゼル系分枝)はヘロド系Tbではない。Peter McCue系内部でもハプロタイプが一致しておらず、Old sorrel系Tb-dはダーレーアラビアン系の古いタイプTb-d、Sheik系Tb-gはゴドルフィンアラビアン系Tb-gの古いタイプがそれぞれ別々に混入したのではないか。クォーターホースの初期血統は信用できなさそうである。